2011年03月特別号 「地域における災害時の医療保障リスクマネジメント」
◎はじめに
3月11日に突如発生した東北地方太平洋沖地震は、津波やその後生じた長野県北部地震とあいまって1000年に一度といわれる未曽有の大災害となった。さらに津波の被害を被った福島県の原子力発電所の被災状況が明らかになるにつれ、事態は一層深刻なものとなっている。被災者は数十万人とも言われているが、全貌が判明するにはまだまだ相当の時間を要するであろう。
今回のような大災害は滅多に起きるものではないとは言え、我が国において似たような被災リスクにさらされている地域は決して少なくない。そもそも我が国全体が環太平洋プレートが交錯する極めて不安定な地盤の上に位置し、なおかつ多くの火山を有することから地震も多く、さらには台風や豪雨などの自然災害までもが地球温暖化の影響で増加傾向にあると言われている。山間部や海岸部など地域によってリスクファクターや程度の違いこそあれ、温泉があり四季がある「美しい国日本」は、実はこのような災害リスクを常に抱えているのである。
今回の地震災害を巡っては「自助、共助、公助」という言葉が災害者の助け合いや復興支援において一種のキーワードの如く、様々な立場の人々から伝わってくる。しかしその言葉の間にあって人知れず助けを待っている人の存在を忘れてはならない。医療を受ける権利は「患者の権利」として「人権宣言」にも記されている。そもそも孤立した場所で被災負傷してしまえば自助はおろか共助すら望めず、さらに公助の手が届かなければセーフティネットは成り立たない。地域におけるリスク管理は、こうした局面にも備えた十分なものであるのか、また有効に機能するものなのか。改めてリスクファクターをしっかり見据えたうえで対策が講じられているのか、今一度検証が必要である。
ダムや建築物、防波堤などのハードに代表される公共工事は、安定的な経済基盤のもと、中・長期的な事業計画は必要となるものの予防的なリスク対策としては有効である。ひとたび災害が発生すれば、経済基盤の根幹をも揺るがしかねない深刻な事態も想定されるだけに、被害を未然に防ぐ予防対策は極めて重要といえる。しかし今回のように、既に発生済のリスクがもたらした被害を最小限に止めるための対応策はさらに重要で、万全の体制とエビデンスに裏打ちされた迅速な対応が求められる。こうした「想定外」とも言われる東北地方太平洋沖地震に直面しつつも粛々と対応策を講じている医療行政や医療関係者の動きにフォーカスを当て、改めて「医療保障リスクマネジメント=セーフティネット」の機能について検証してみたい。
◎病院をはじめとする医療機関の動き
治療に関しては、救急医療から急性憎悪などの急性期医療から避難後の医療、そして介護活動に至るまで、ありとあらゆるヘルスケアに様々な医療機関や医療チームが関わることになる。緊急医療においては、まずは患者のトリアージに始まり優先順位を決めたうえで収容や治療にあたる。被災者の確認行為も重要であることから氏名、年齢、住所、既往歴をはじめとする患者属性、診療歴を記録として残しつつ重傷者は直ちに後方の災害拠点病院へと搬送する。医療費は災害救助法の対象となるが既往歴や疾患によってはその後一般診療に切り替わる。被災者の負担を考慮した場合、短期的には災害救助法が適用されるものの、問題となるのは今後も続くであろう長期的治療である。この場合、患者によっては負担金支払いが困難になるといった経済的問題が発生することもある。また、あまりテレビ等で報道はされないが、こうした事態で医師が行う治療以外の仕事として検死がある。不幸にして亡くなられた被災者の死体検案や身元確認といった作業である。通常は警察からの依頼により警察と共同で行う。かかりつけ医や病院の診療録やレントゲンなどの画像記録などと照合することもある。IT技術が発達しインターネットなどの普及が進んでも我が国ではいまだ患者情報の一元管理は出来ていない。お隣の韓国では既に国民ID制度が導入されコード、または名前と生年月日があれば個人を特定できる。
◎災害時の行政(国、厚生労働省、都道府県、市町村など)の動き
厚生労働省のホームページによると地震の発生から以下の経過をたどっている。
① 3月11日14時46分現地における避難命令・勧告(現地市町村、消防、警察)
② 厚労省災害対策本部設置(発生から4分後)
③ 厚労省現地連絡本部(翌日午前9時)
④ 原発事故による医師派遣要請、受け入れ病院要請。
⑤ 都道府県知事による「災害救助法の適用」(宮城県11日22時30分、福島県12日11時、岩手県12日18時・・の順)
⑥ ライフラインの確保(3月14日計画停電等)→電気、水
⑦ 医療活動の確認開始(3月14日)→DMAT(災害派遣医療チーム)81チームが直ちに活動、24チームが移動、
108チーム待機、30チームが検討中。
⑧ 広域災害医療システムによる情報の収集
⑨ 透析医療の確保
⑩ 福島、宮城、岩手の災害拠点病院(33病院)の活動状況確認
⑪ 医薬品、物資調達
後は被災地からのニュースなど報道で伝えられているとおりである。
◎被災者に対する支援策(医療機関に対する医療費の支払い確保と個人負担について)
今回の災害を受け、厚生労働省保険局医療課は3月15日、「東北地方太平洋沖地震及び
長野県北部の地震による被災者に係る一部負担金等の取扱いについて」を事務連絡として発表した。東北地方太平洋沖地震の被災者については、被保険者証がなくても医療機関を受診できるようにするなど、まずは緊急措置として特例的取扱いを認める対策を講じた。
それは (1)災害救助法(1947年法律第118号)の適用市町村のうち、岩手県全34市町村、
宮城県全35市町村、青森県・福島県・茨城県・栃木県・千葉県・長野県・新潟県の一部の
市町村に住所があり、健康保険法・船員保険法の被保険者・被扶養者、国民健康保険法の被
保険者、高齢者の医療の確保に関する法律の被保険者を対象に、(2)東北地方太平洋沖地震又は長野県北部の地震により、次のいずれかの申し立てをした人としている。1) 住家の全半壊、全半焼又はこれに準ずる被災をした旨。 2) 主たる生計維持者が死亡し又は重篤な傷病を負った旨。で(1)、(2)の両方に該当する人について、一部負担金の支払いを、2011年5月までの診療分・調剤分・訪問看護分について、2011年5月末日まで猶予する」というものである。「医療機関における確認は、(1)については、被保険者証等により、住所が対象市町村の区域であることを確認するとともに、当該患者の(2)の申し立ての内容を診療録の備考欄に簡潔に記録する。ただし、被保険者証等が提示できない場合には、(a)健康保険法・船員保険法の被保険者・被扶養者である場合には、氏名、生年月日、被保険者の勤務する事業所名、住所、連絡先、(b)国民健康保険法の被保険者・高齢者の医療の確保に関する法律の被保険者の場合には、氏名、生年月日、住所、連絡先(国民健康保険組合の被保険者については、これらに加えて組合名)を診療録に記録する。この事務連絡に基づき患者の一部負担金を猶予した場合は、患者負担分を含めて10割を審査支払機関等へ請求する。請求の具体的な手続きについては、追って連絡する予定とのこと。また、保険医療機関などが猶予した一部負担金等については、各保険者において減免・猶予等がなされるよう、保険局より依頼する予定としている。」
◎医療機関に対する金融支援策(福祉医療機構)
1.運転資金
福祉医療機構は「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震により被害を受けた医療機関等に対する災害融資に関する特別措置について」(平成23年3月12日閣議決定)を踏まえ、今回の災害により被害を受けた医療施設に対し、運転資金に係る特別措置(災害復旧貸付の利率の引下げ等)を開始した(適用期日は、平成23年3月11日までに遡って適用)。医療貸付の融資を既に受けていた被災者についても既往貸付に係る返済猶予の実施をした(当面6か月の返済猶予(元利金)の取扱い)。
2. 災害復旧資金の概要(医療貸付)
① 対象範囲
平成23 年東北地方太平洋沖地震により被害を受けた医療関係施設の開設者であって、事業所又は主要な事業用資産について、全壊、流失、半壊、床上浸水その他これらに準ずる被害を受けた旨の証明を市町村長その他相当な機関から受けた者の災害復旧に係る資金。
② 貸付金の種類
甲種増改築資金、乙種増改築資金、機械購入資金、長期運転資金
③ 貸付限度額
融資率、 災害復旧資金90%( 通 常75%・80%)
各種資金は通常の貸付限度額の2倍の範囲内
・甲種増改築資金・乙種増改築資金(ただし標準建設費を基準とする。)
災害復旧資金 通常の2倍
(病院14億4,000万円、診療所10億円、介護老健14億4,000万円)
・機械購入資金
災害復旧資金 (診療所5,000万円、介護老健1億円)
・長期運転資金
災害復旧資金(病院3,000万円 診療所600万円介護老健2,000万円
◎まとめ
耐震構造の堅固な建築物も津波の前には脆かった。電気などのライフラインを確保する「安全なはず」の原子力発電も、今回は大きなリスク要因となってしまった。とは言え国民の医療を受ける権利の確保は、あらゆるものに優先され、我が国が誇るセーフティネットとしての機能は十分維持されている。政府・厚生労働省が講じた医療保険などの個人負担や医療機関に対する迅速な経済的対応も一定程度評価できるものと言えよう。ただし財源問題に関しては、今後も地域の保険者(市町村やけんぽ協会など)により多くの負担を強いることなどが予想され、国家レベルでの対応が求められるであろう。また、一地域が丸ごと壊滅的状況と化したエリアは、国や県、市町村広域連合との協力支援の下で復興が待たれるが、この場合、患者データの消失という事態が大きな懸念材料ではないだろうか。保険証1枚で国内のどこでも医療を受けることのできる、アクセス至便な国民皆保険制度はセーフティネットの切り札として世界に誇れるものであるが、今後、国民ID制度の導入等によって患者情報が一元的に集約されれば、こうした患者情報がカントリーリスクにさらされるという危惧も払拭されるので、より安全で効率的なネットワーク構築に向けたインフラ整備は加速すると考えられる。そうした意味において、官房長官直轄の下で設置された医療イノベーション会議への期待は大きい。
一方で、医療ビザ制度の導入や外国人受入認証制度構築に向けた背景等もあって、一時は急速に高まると予想されたメディカルツーリズムなど、医療の国際化に向けた動きについては、当分の間、停滞は否めないであろう。
ともあれ、医療を安定的継続的に提供するためには国家を上げての医療機関支援が重要である。応急措置として、患者単位で医療費全額を一旦医療機関に一括して支払うことは医療機関にとって効率面でも安全面でも重要と言える。
あの阪神淡路大震災により、一時は廃墟となった神戸においても当時3千あった医療機関のうち、98%は1年後に完全復活を成し遂げている。地域住民の方々に親しまれ、信頼されてきた土着の医療機関としての誇りと責任感、そしてそれを自助・共助・公助で支え合う我が国特有のセーフティーネットの構築能力は、いかなる財政的苦境をも乗り越え、今回も必ずや復興に向け着実な歩みを刻むであろうことに疑いの余地は無い。


